野良猫のための経口避妊薬〜FERALSTAT〜 - いのち 復刊9号
まだ数日前(7月26日)からのことですが、米国で野良猫に与える経口避妊薬が紹介されネット上でも大きな論議を呼んでいます。
「紹介」と申し上げたのは、この薬は新たに開発されたものではなく、ヒト用医薬品として欧米で承認されている(日本では未承認)酢酸メゲストロールという黄体ホルモン製剤をネコ用に処方し直したものだからです。
紹介したのはコネティカット州を本拠に今までもTNR運動に取り組んできたTEAMという愛護団体です。TEAMは積極的な行動で知られる団体で、同団体のHPによれば1997年から今までに113,000頭のネコの去勢避妊手術をしています。ライフボートが1年に行う去勢不妊手術は犬を含めても1,500頭程度ですから、かなりの規模であることが分かります。TEAMでは7年間実際にノラネコの餌にこの成分を混ぜて実験した結果、効果と安全性に確信が持てたとしています。現在は、TEAMに属する獣医師が処方箋を書くことでこの薬を入手できるようです。
一方で、酢酸メゲストールの使用に慎重な意見もあります。ACC&Dという犬猫の不妊手術の普及と経口避妊薬の開発を支援している団体では効果への疑問よりも安全性の見地からその使用については更なるデータが必要であるという立場を取っています。酢酸メゲストールが犬猫の発情を抑制することは以前から広く知られ、米国などのブリーダーの一部では発情時期の調整に使っていたようですが、これが実用化されなかったのは主として広範囲な副作用が認められるからだとされています。
人間中心の社会では生きる場所のないノラネコやノラネコが産んだ多くの仔猫に同情と愛情を注ぐ人達にとって「経口避妊薬」はまさしく夢の薬です。仔猫のほとんどは生き延びることが出来ませんし、ひとつの命が生き延びればそれに数倍数十倍する次の世代を産んでしまい新しい悲惨が待ち受けていることになります。それを少しでも防ぐためにTNR活動(ノラネコを捕獲して不妊手術を行い、同じ場所に戻す)が広く試みられていますが、この方法には主として経済面から限界があります。捕獲・運搬・解放などはボランティアで行うにしても、最終的には獣医師の手を借りなければなりませんし手術には麻酔や縫合糸、消毒も必要ですから、やはり1頭¥10,000円やそこらの費用がかかってしまいます。経口避妊薬が実用化されれば(例えば上記の酢酸メゲストール)費用はほとんどゼロになります。おそらく手術に使う糸代よりも薬の方が安いでしょう。100頭の手術をするのに100万円かかるとすれば、経口避妊薬なら1万円で100頭を妊娠から防ぐことが出来ます。
もちろん、手術と経口避妊では両方に長所短所があります。例えば飼い猫に経口避妊薬を与えることはナンセンスです。手術は完璧ですが経口避妊薬では完璧に妊娠を防ぐことはできませんし、薬の場合には発情期間の発情を抑えるだけですから、次の発情期にはまた薬を与える必要があります。現段階では一回飲めば生涯妊娠を避けられる薬はありません。ノラネコに薬を与えたからといって効果は完璧ではありません。この薬は発情する期間は毎週一回飲ませる必要があるそうですが、ノラネコを相手に規則的な投薬が出来るとも思えません。
また、餌の中に混ぜてあげるだけの話ですから、作業は簡単であるものの餌はオス猫も仔猫も食べてしまうことになります。しかし、ノラネコに対しては「完璧でないこと」は大きな問題ではありません。薬の費用は手術に比べればゼロに等しいことですし、要は確率の問題ですから、定期的に薬を飲ますことが出来なくても、ノラネコの妊娠率が30%下がれば30%の不幸な出産が、70%下がれば70%の不幸な出産が避けられることになります。
副作用には人間の場合で糖尿病、食欲昂進作用、発ガン性などがあげられていますが、これらはいずれも長期服用したときの報告です。ネコが発情する期間を年間4ヶ月としてその期間だけ投薬することによるリスクはヒトのそれより少ないとは思いますが、ヒトの場合と違って強いネコが餌を多く食べてしまうなど過剰摂取のリスクがあるかもしれません。また、酢酸メゲストールは妊婦が流産しやすくなるということもありますから、ネコの場合、特に過剰摂取した場合にはその危険も強くあると思われます。当たり前ですが、妊娠初期のノラネコを遠くから確認するすべはありません。
結局は今アメリカで論議されているように、副作用のリスクをどう考えるか?ということなのでしょう。言葉を換えれば、仔猫の出産を防ぐために母ネコにどれだけのリスクを負担してもらうか?母ネコが大事か、不妊が大事か?ということですから、今後副作用の頻度について数字的な把握がされるようになっても人によって価値観が違えば簡単に結論がでる問題ではないと言えます。
いずれにしても、アメリカではTEAMの呼びかけに応える形で多くの団体が経口避妊薬を多数のノラネコ達に与えるという試みがこれから本格的に始まることになります。世界の猫達のためにいい結果が出ることを願ってやみません。
参考URL
- TEAM: http://www.everyanimalmatters.org/new.html#FeralStat
- ALLIANCE FOR CONTRACEPTION IN CATS & DOGS: http://www.acc-d.org/
- ヒト用医薬品としての酢酸メゲストール: http://www.nlm.nih.gov/medlineplus/druginfo/medmaster/a682003.html
この問題に対する様々な論議は「feralstat」で検索すると見ることが出来ます。
